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ありがたき ひととき

 投稿者:いっぺん  投稿日:2013年 6月11日(火)16時02分22秒
返信・引用 編集済
  「小さいからおろそかにしてもいいだろう」
とか
「ひとつくらいいいだろう」
とか、そういうことではないんだよ。
その一つが大切なんだよ。
と、よく、いわれるけれど

「確かにそうだ」
と、燦太郎はこのごろ
かつてより 少し深く
思っているようである。

逆に言えば、昔は
「こんなことの一つや二つ!!」と
一つを馬鹿にし
「あんな人の一人や二人!!」
と一人の存在を軽視していた。
ということになる。
今でもそのかけらを発見するたびに、
身が竦むのを、燦太郎は感じ始めている。

「柄付の紐だろう」と蹴飛ばしたら、
それはニシキヘビの尻尾であり、
そのためにニシキヘビに足を取られ闇に引きずり込まれてしまった
ということの例えのごときものである。

良い例で言えば
松原の松に木に、なにかテイッシュペーパーが絡んでいるのかなと
無視して通り過ぎてしまった。しかしそれが天の羽衣だったと
気がつければその羽衣で、自由に空を舞うことが簡単に出来てしまった
だろうに・・・
といった類のことだろう。

ひとつの出来事の大切さ
ひとりの責任の重さ
この事実に
どれだけの真実を認めることが出来るか

そこに真実が鑑のように
映し出されてくる
ということか!!??

ありがたき
燦太郎の
ひとときである
 
 

味のある人間っちゅうもん

 投稿者:いっぺん  投稿日:2013年 3月 4日(月)14時47分28秒
返信・引用
  燦太郎が「知らない」とか
「俺が間違った」というような
自分の負けを認めるのを、嫌がりはじめたのは、いつのころからだろうか?

ゲームや試合などで負けたくない人は、世の中にはかなり、ほとんどの人々がそうだろうとおもう。そればかりか、日常の生活においてさえ、何やかやにつけ、
「負けたくない」
「負けたなんてことがあってたまるか」
「絶対に、負けてはならない。」
とまで、頑なに思い込んでいる人々は、自分でも無自覚な人々を含めて
ほとんどが、多かれ少なかれそう思っているに違いない。

燦太郎も、今ではそのような人物になり下がっているが、
それはいったいいつからだったのだろう?

あれは、燦太郎が4歳ほどの時だったろうか?
テレビで紐を使った手品があって、首を絞めようとするが実は締めてはいなくて、
するりと紐がほどけてしまう。という手品の種明かしをしていた。

燦太郎は「わかった!」と思った。
そして、
「俺も出来る!」
とばかり、家族のみんなの前でやってみた。
紐はするりとほどけるどころか、逆に燦太郎の首をしっかりと絞めてしまった。

家族のみんなは、
あはははは・・・けたけたけた・・・
ぶはははは・・・けけけけけ・・・
と笑った。
予想外の結末に、燦太郎は、悔しいやら、頭にきたやら、
どうなってんだとわけもわからず、
とても残念な感情をコントロールできずに、
とうとう泣き出してしまった。

その時が燦太郎の敗北感、屈辱感の始まりだったかもしれない。

いや、もっと前かもしれない。
母親におっぱいをねだった、あれは2歳半ほどの時だったろうか?
母親は「今はだめ。」と拒絶した。
多分、おなかに新しい赤子がいるから・・・というようなニュアンスだった。

そんなことを、いまだにしつこく覚えている燦太郎にとって、
それは、やはりかなりの敗北感を味わっていたに違いない。

そんな、かつての嫌な敗北感の記憶。
それが、その後の人生においてもしつこく付きまとう
「負けたくない」
「負けたらみじめ」
「失敗なんてあってはならない」
「失敗したら目も当てられない」
というような、そんな頑なで、閉鎖的な心を作り上げていたのではないか?

人間いつも勝っていなくていいじゃないか?
失敗するのも味のある人間っちゅうもんだよ。
たまには喜んで負けるっちゅうゆとりがなくちゃいかんよ。

この頃では、時々そう、自分に言い聞かせている燦太郎だが、
皆々様はいかがおぼしめさるるかな???
 

除夜の鐘で・・・

 投稿者:いっぺん  投稿日:2012年12月24日(月)14時32分27秒
返信・引用
  小生も
ずいぶんと、居眠りをしておったもんだ。
いつも浦島太郎の気分を味わっておる。

あれは、燦太郎が3年生か4年生のころだったろうか?
毎日の帰りの掃除の後には、いつも反省会というものがあって、そこでは
クラスの誰もが
「○○ちゃんは、掃除の時間、石を投げて遊んでいました」とか
「△△ちゃんは、私の上履きを隠してしまいました。」とか
他人のことを批判することに終始していたものだ。

燦太郎は、そういった反省会の無意味なことに、いちはやく気がついてある時、
「そんな風に、人の悪いところばかり言ったって、人のことを全部良くすることはできないんだから、みんな、自分のことだけ気をつければいいと思う。他人の事を50人分良くするなんてくたびれるし、できっこない。自分のことだけなら、すごく簡単だ。みんなが、自分のことを気をつければ、他人のことをとやかく言うこともなくなってくる。」
と、発言したものだ。
しかし「それはいいことだ」と賛成し実行した連中は、ほとんど皆無だったようだ。

今から思えば、人間というものは、他人のあらを探して批判し、やっつけることに、無常の快感を抱くものであり、その快感に一たび囚われると、あの快感をもう一度・・・と、その快感を得ることに人生を費やしてしまうことになるのかもしれない。

もっと、上等の快感を知らないということかもしれない。

もっと、上等の快感を、まことの人間の人間たる幸いに気づいてゆけば、きっと、もっと上等の世の中になるのだろう。

燦太郎がそのときそんなことに気がついていたとは思えないが、燦太郎の心の奥底の魂へ、そんな上等の世界からのなんらかのメッセージが入っていたのかもしれない。
小さい子供というものは、魂の次元に率直にコンタクト出来るものらしい。

長い年月を経てこの世の垢を、十分に吸い込んでしまった燦太郎にとっては、除夜の鐘で煩悩をひとつでも取り除くことができれば、それは奇跡といえるものである。

http://www.gla.or.jp

 

みーんみーんみーん じ~~~~

 投稿者:いっぺん  投稿日:2012年 2月 5日(日)15時13分21秒
返信・引用 編集済
  ああああ~~
ずいぶんと長い間、居眠りをしてしまったもんじゃ。
あれからもう、5ヶ月も経ってしまったんじゃなあ。
月日のたつのは速いもの、少年老いやすく学なりがたしとはこのことか?

少年といえば、燦太郎にとっても、少年のころがあったっけなぁ。

あれは、たしか、燦太郎が中学3年生の初夏のころだったかなぁ?
どちらといえば、おとなしく哲学的タイプだった燦太郎にとっては、体を動かしてスポーツに興じることが大の苦手であった。しかし、学校の行事には陸上競技大会なるものがあって、どれか一つの種目に出なければならない小さな学校だったこともあって、燦太郎は仕方なく砲丸投げの種目を選んだ。走ったり、飛んだりするのは苦手だったが、重いものを投げるのはけっこう得意だった。

『ただ、ボールを投げるように投げれば良いんだろう?』と、燦太郎はソフトボールを投げるように、投げた。
結果は予想外に良く飛んで、燦太郎は学校の代表で、夏休みの終わり、市の陸上競技大会に出席する羽目になってしまった。

燦太郎の砲丸の投げ方を見て、
「あははは」と笑いながら、体育の教官の細山先生が
「燦太郎、砲丸は肩から投げないとうまく飛ばんぞ。こうやるんだ」と、燦太郎に砲丸の投げ方を伝授した。燦太郎はそんな投げ方くらい、知らなかったわけではない。みんなが同じような投げ方をしなくたって良いだろう。そんなひねくれた思いがあって燦太郎は、ソフトボールを投げるように投げていたのである。しかし、そんな燦太郎も、少し欲が出てきたようである。


『投げ方を変えれば、もっと遠くまで飛ぶかもしれない。』

この欲が幅を利かせ、燦太郎は、いわゆる陸上競技選手のように、肩の上に砲丸を載せ、全身を使って投げる練習を始めた。家において、本物の砲丸と同じ重さの石を探し、庭で砲丸投げの練習を始めたのである。

いよいよ、夏も終わりに近づき、燦太郎は、学校の代表で砲丸投げに出場した。
いわゆる正統派投げの砲丸投げで、わずか10センチ、飛距離は伸びたが、大した進歩は見られなかった。しかし、市で6位入賞になった。

燦太郎が、砲丸投げで、6位入賞だと知って、家の者もみんな
「へえ~~~燦太郎が??すごいじゃん。」といってくれるし、学校の中でも
「へぇ~~~さんちゃん、砲丸投げ、結構飛ぶんだ。」と、驚かれた。
燦太郎は
「この学校の名誉のために、おれは、6位入賞で、一点を稼いだよ。」
と得意げな表情でそう自慢することが出来た。

哲学的タイプの燦太郎に不似合いな一つの側面があらわになった、若き青春の夏の出来事であった。

みーんみーんみーん
おーしんつくつくおーしんつくつくおーしんつくつく
じ~~~~

あれ耳鳴りではない。
夏のせみの声であった。

http://gold.ap.teacup.com/sunrise/

 

そらまでまっさお

 投稿者:いっぺん  投稿日:2011年 7月11日(月)16時06分13秒
返信・引用
  いまどきは 蟻も一生懸命だ。
甘い匂いをさせていれば、すぐに嗅ぎ付けてやってくる。
不精者の部屋は、気をつけたほうが身のためだ。
燦太郎は、そういう点はずいぶんと変革し、かつての不精者からは一変し
近頃は、潔癖症に近いまでに、掃除にはうるさくなって来た。

かつて、十数年前に掃除の大切さ、必要性を実感し、
そんな歌まで作詞、作曲している。
「おそうじ おそうじ うれしいな ながしはぴかぴか テーブルつるつる
はいはい おそうじうれしいな

おそうじ おそうじ たのしいな おしいれらんらん たんすはにこにこ
はいはい おそうじ たのしいな

おそうじおそうじ きれいだね くもまでまっしろ そらまで まっさお
うちゅうのはてまで ひかってる
おそうじおそうじ うれしいな おそうじおそうじ たのしいな」
とまあ、こんな歌なのだが・・・・

それで、今日の燦太郎はいかなる冒険をしているというのだっけ??

そうそう思い出した。
燦太郎は近頃、外側の掃除ばかりでなく、内側の心の掃除にも着手し始めて、
それが大分はかどってきているということなのだが・・・
それは一人燦太郎だけが思い込んでいることなのかもしれない。
しかし、ともあれ燦太郎は、
「世の中がもっと綺麗になってもらいたいと願っているのは言うまでもないことだが、
身の回りの掃除にしても、心の中の掃除にしても、他人様にあれこれ、こうじゃいけない、
ああしなくては・・・とか、
ここはこうしたほうがいいよなんて口をすっぱくして言ったって、
本人がその気にならない限り、決してその通りにはならないものだ。
それに、早く気がついて欲しければ、逆にそんなことは、口に出さずに、
まず本人がその通りのことを実行することだ。

心の底から穏やかな心境を体得し、静かに穏やかに外の掃除も、内の(心)の掃除も
楽しんでしていることだ。そうすれば、かの良寛さんの周りにいた方々がみな穏やかな
清清しい気持ちになっていったように、俺、燦太郎の周りにいる方々も
きっとそうなってゆくに相違ない。」

燦太郎は、そのような心境になっているようである。
しかし、燦太郎の周りには、燦太郎の様子に気付いて、燦太郎を真似ようとする奇特な人物には
いまだお目にかかっていない。

「しかし、気がつかないところで、人は意外にもそんな自分を羨ましがったり、
ひそかに憧れていたりすることもあるからな・・・・」

燦太郎の、いつもの独りよがりが始まってしまった・・・・

「おそうじおそうじ たのしいな・・・・」

燦太郎の心の中で、どなたかが同意して歌い始めたのだろうか??
 

http://gold.ap.teacup.com/sunrise/

 

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